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野菜作りや温泉などの日常の出来事を綴ったつれづれなるままの日記です。ズボラで手抜きの勝手に菜園ですが、よろしくお付き合いください。
 史跡 秋の田
2012年04月11日 (水) | 編集 |
中大兄皇子、後の天智天皇と福岡県の朝倉との関わりについて、
まだ秘話がありますが、取りあえず地元ネタで・・・

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↑手島一路、本名手島勇次郎の碑

明治から昭和に生きた歌人。実業高校教育に貢献し、大正5年から歌人として活躍されたそうです。
地元では有名な方のようですが・・・ スイマセン、私は全く存知上げませんでした。

大宰府や博多にも歌碑があるそうです・・・

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↑博多工業高校の校長先生も勤められたそうです。

ゆり短歌会というものも知りませんでした・・・ 

歌人といえば、佐賀の方でも日本全国で知られていると言うわけではなくとも
なぜか佐賀北高校と接点のある方がおられまして、
そんなシリーズもぼちぼち始まるかも~ (^_^;)


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↑斉明天皇の御陵山の前にありました・・・ 竜が三匹 

ちゃんと意味がありました・・・

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↑時の記念日をあらわしているんですね、これが時計なんです。


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↑山の裏手に行きます。



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↑竹林もあって整備されていますが・・・

小鳥の鳴き声も・・・ 撮影はとてもムリでした・・・ ウグイスも鳴いていましたよ~

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↑桜の蕾でしょうか・・・ 春を待ちわびています・・・






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↑天智天皇がこの朝倉の木の丸殿にて歌われた歌です。

これもちょっと読みにくいので、説明します。「朝倉の木の丸殿に居ると、御殿の下の街道にある朝倉の関
(名乗の関)で自分の名を名乗りながら、許されて関を通っていく子がいるが、どこの誰の子であろう
子供で旅をしているが可哀相なことだ。」とあります。

この歌の歌碑は見あたりませんでしたが・・・


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↑とても見にくいですが・・・ 横書きで 史跡 秋の田 とあります。

天智天皇御製 百人一首
「秋の田の 仮穂の庵の苫をあらみ 我が衣手は 露にぬれつつ」
上の句 あきのたの かりほのいおのとまをあらみ
下の句 わがころもでは つゆにぬれつつ

皆さんこれはご存知でしょう。天智天皇の作かどうかはご存知なくても
小倉百人一首の巻頭句です。まず、最初に覚える句ではないでしょうか・・・

意味はいろいろと解釈があるようですが、朝倉では・・・
「秋になって、稲を買った後の仮の小屋に泊まって過ごしていると
葦で編んだ苫の目が粗いものだから、私の着物は夜露に濡れどうしだよ」
とされています。

つまり、木の丸殿にて、母である孝明天皇を弔ったときの様子と秋の農民の暮らしぶりを
歌ったものでないかと

歴史は単に年号を覚えるだけだと面白くもなんともないですが、その中に人々の思いや暮らしぶりを
感じることが出来ると、急に興味が涌いてきませんか。
そして、それが郷土(福岡ですが、お隣の県ですから郷土みたいなものです)であれば、なおさら・・・



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↑神社の前は狭いのですが、ぐるりと回るとこんなに広い駐車場が・・・

時の記念日や、何かイベントがないときは、とても静かな神社です。
皆さんもぜひ行かれて見てください。30分もあればぐるりと見て回れます。
古代、朝倉は日本の都だったんですよ~ そういっても過言ではないような歴史があったんです。


一応シリーズはこれで終了ですが、不思議と次?のシリーズに
少し関係してきたりします。
歴史って繋がっているんですよね~







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