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野菜作りや温泉などの日常の出来事を綴ったつれづれなるままの日記です。ズボラで手抜きの勝手に菜園ですが、よろしくお付き合いください。
 嗚呼壮烈岩屋城
2012年05月15日 (火) | 編集 |
四王寺山に岩屋山があります。戦国時代筑前を支配していた大友家の武将
高橋 紹運が拠点とした岩屋城があるところです。

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↑島津軍五万と戦って玉砕した高橋紹運

以前ご紹介した立花藩の初代藩主 立花宗茂の実の父です。
辞世の句、別に伝えられているものもあります。
「屍をば 岩屋の苔に 埋みてぞ 雲井の空に 名を止むべき」

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↑道路沿いに車を止めて下に降りていきます。

少し広がっているので、ここらが二の丸跡だといわれています。
四王寺山全部を山城としたわけではないようですね。
それだと広すぎるのでしょう、詳しい記述はないのですが、
書物を読んでいくと、そうとしか思えなくなりました。
歩いて分かりましたが、この6.8キロはとても700人では守れません。

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↑お墓が見えてきました。


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↑御子孫の方が今でもきれいに掃除されておられるようです。

実に潔い、戦国の名武将だったそうです。その気質が息子である立花宗茂にも・・・

では、その岩屋城に行ってみましょ~

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↑ちゃんと案内看板が出ています。

大宰府に戻る途中にあります。

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↑急な石段です。守るには急なほうがいいですからね。


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↑急な斜面の上にあるようです・・・


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↑ありました。とても見晴らしがいいです。


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↑戦いの歴史があったんですよね。

日本の国土、どこでも戦争があったらしいです。土地争いですね。
でも結局は徳川幕府が支配するようになって争いは終わりました。

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↑この周りを五万の敵兵が囲んだんです。

夜はかがり火を焚いて・・・ 降伏することは許されません。
降伏すると今度は息子の城を攻める最前列に立たされます。
その息子も降伏すると、今度は豊臣秀吉に対抗する兵として全面に・・・
だからどうしてもここで島津を食い止める必要があったのです。

結果として大損害を島津軍に与えたことで、立花宗茂が柳川藩主になった・・・
そんな歴史は柳川の川下りでご紹介しましたね。

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↑ピンボケ、ぶれぶれですが、鳥さんも見つけました~ 誰ですか~ (^_^;)


今回のトレッキングで唯一見つけた山野草・・・

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↑岩屋城の登り口にありました。


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↑ツルニチニチソウ なぜかここだけに咲いていました。



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↑せっかくなので、太宰府天満宮へ・・・

普通に帰ると大渋滞なので、裏手に回ります。
裏手だと、おいしい梅が枝餅の「お石茶屋」に行けたはずなんですが・・・
ちと場所を確認してなくて・・・

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↑桜が咲いていました~ 4月上旬のことです。

山の方は全然咲いてなかったんですけど、平地では満開でしたよ~

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↑定番の「かさの家」にてお持ち帰りです。

ありゃりゃ~ 店員さんが売り切れの札もってうろうろ~ やば~

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↑なんとか間に合いました。 その場で熱々を食べると、お餅がしっとりしておいしい~

家に帰って外側だけオーブンで焼けば、パリッとなります。左側です。
しっとりが好きなオイドンは右側のやつ、レンジです~




























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