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野菜作りや温泉などの日常の出来事を綴ったつれづれなるままの日記です。ズボラで手抜きの勝手に菜園ですが、よろしくお付き合いください。
 福岡の四王寺山へ
2012年05月09日 (水) | 編集 |
GWになる前の記事です。
四王寺山(しおうじやま)といってもあまりメジャーではないです。大宰府から登りますが、
向かい側にある宝満山が有名ですよね。
四王寺山、登山であれば大宰府正庁跡から登るのが一般的ですが・・・
今回は登山ではなく、ハイキングなので車で登って一番近いところの駐車場に止めました。

DSCF0145.jpg
↑おや、ここでは大野城跡とあります・・・

そうなんです、四王寺山という名前の山はありません。大城山、岩屋山、大原山、水瓶山
この四つの山を総称して四王寺山といいます。山近くまで登って、
これらの山を縦走することができます。

で、大野城とはどう関係しているのか?福岡の方は皆さんご存知でしょう。
おいおい説明してきますね~

DSCF0146.jpg
↑駐車場の裏手から大宰府方面・・・

四王寺山の中心部にも駐車場はありますが、手前のところが便利です。
もしぐるりと回られるのであれば、そこにある地図が一番便利です。

DSCF0145_1.jpg
↑西鉄大宰府駅から大宰府の裏手を通って山に行く道があります。

そこをしばらく登ると、車が十数台止められる場所があります。
そこが現在地

赤が土塁ですが、これが道だと勘違いしてしまったワル猫。登山道路は水色の点線です。
間違えないようにしましょう。

たしか、この地図をもっときれいに印刷できるサイトもあったと思いますが、
どこだったか忘れました・・・

DSCF0148.jpg
↑最後はまたここに戻ってくる、右周りのルートを取ります。

なので、駐車場に車を置いて、自動車道路を横断して西側に進みます。

DSCF0147.jpg
↑その前に九州国立博物館です・・・



DSCF0153.jpg
↑他にも何人か散策しておられます。なんだか安心~



DSCF0154.jpg
↑早速、大野城の跡がありました~

大野城とは、以前ご紹介した天智天皇が中国・新羅連合軍と戦って敗れた後、
日本の防衛施設として665年に作られた、日本最古の朝鮮式山城だそうです。

その建物などの基礎石が今でも残っているのです。

DSCF0155.jpg
↑だそうです・・・


DSCF0156.jpg
↑かなり大きな建物跡です。


DSCF0160.jpg
↑地図と案内板を確認しながらと・・・


DSCF0167.jpg
↑写真だと全く分かりませんが、すごい坂道です。下に降りていきます。

なんかへんだな~ 後でわかりました。土塁跡を行っていたのですが、
そうではなく、登山道路を行くべきでした。勘違い・・・
ここは正規のルートではなかったのです。でも、安全のためのロープもあったし・・・

降りるのもメチャ大変でしたが、つまり再度別ルートで登る必要があったのです。

DSCF0169.jpg
↑ここの石垣は平成15年の大雨で崩壊したので、補修されたようです。


DSCF0170.jpg
↑ちゃんと説明もありましたが・・・



DSCF0171.jpg
↑道じゃないところを登らないと、遠回りになります・・・



DSCF0172.jpg
↑スティックを使ってなんとか登ります・・・

これだけで体力を使い果たした家人・・・ (^_^;) スンマセン・・・

DSCF0174.jpg
↑やっと普通の道にでました。大城山の毘沙門天まで行きましょう。とりあえず・・・

続く~(^_^;)


























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コメント
この記事へのコメント
ワル猫さん こんにちは♪

>四つの山を総称して四王寺山
なるほど~~
お天気に恵まれて 最高の登山日和でしたね。
青空がきれい~~
登山ルートがいろいろあるんですね。
登り慣れている人じゃないと やはりちと怖いな~
ぜんぜん体力無い私・・・^^;

>竜巻、昨今増えていますよね。
沖縄も人災になっていないのであまり大きく報道されないですが
車が横転したりするほどの被害が よく起こっていますよ。
2012/05/09(水) 14:00:34 | URL | mana #L8AeYI2M[ 編集]
四王寺山
ワル猫さん、こんにちは。

脊振山系から宝満山方面を展望した時、宝満山の手前に見えている山が四王寺山だと思います。
四王寺山にはまだ行ったことがないので、どんな山かなと思っていたので、
ご紹介していただいて嬉しいです。
歴史と文化の山なんですね。

ちょと大変な登山になったようですが、お天気は良くて気持ちい汗になったのでは~

九州国立博物館も見えていますね。
GWに行きました。
平山郁夫のシルクロード展は、多くの人で賑わっていました。
もちろん絵も素晴らしかったです。
2012/05/09(水) 16:25:23 | URL | リーフ #-[ 編集]
私たちは、福岡県在住なんですが、
四王寺山の事は、 な~んもしらんですし
王の上司との関係なんてチンプンカンプンです。
大野城が城だったとは、まったく知りませんでしたよ。
福岡県人なのに ジョウシようもないですね(^_^;)

地図では、土塁が赤色で強調されてますので
登山道だと勘違いしてしまうのもよく分かります。
でも、すごいルートだ! 奥様はよく頑張りましたね~
私は、こんな道だと 早々にギブアップしてしまいそうですよ。
2012/05/09(水) 20:49:28 | URL | トマオ #B2CsETZw[ 編集]
四王寺山の駐車場の所はよく行きますが~(景色良いですからね~)
でも・・・上の方までは登った事はないですね~

大野城が城だったことも微かには知ってましたが~勉強不足です(;一_一)
続き・・・楽しみです(*^_^*)
2012/05/10(木) 06:58:01 | URL | ポメポメチョコ #-[ 編集]
manaさんへ
四つの山でもありますし、四つのお寺?でもあったのかな~ まだ、オイドンも詳しいことは分かりません。次は全部回りたいと思っていますよ~

ここは、ルートさえ間違えないなら、間違えるほうがおかしいかもですが、楽勝ハイキングのようです。体力も必要ありません。五キロ程の散歩ができれば・・・

福岡市内や大宰府方面もきれい見えますので、天気がいい日が楽しいと思います。

2012/05/10(木) 07:15:07 | URL | ワル猫です #qbIq4rIg[ 編集]
リーフさんへ
山登りとしては、大宰府政庁に車を止めて歩いて登るのが一般的のようです。それだとそれなりの登山になるとか・・・
山自体は低山なので、比較的気軽に登れますね、頂上にトイレが完備されているのも◎です。

生憎、季節柄、花を見つけることが出来ませんでしたが、開けたところもあるので、季節になれば、色んな花も咲いているような気がします。

大野城の歴史としては次に詳しくご紹介しますよ~
平山郁夫さんやってましたね~

2012/05/10(木) 07:19:12 | URL | ワル猫です #qbIq4rIg[ 編集]
トマオさんへ
ありゃ、福岡で王の上司といえば孫さんじゃなかですか~ ソンなこともご存知ないと困りますね~(^_^;)

はい、ほとんど防塁ルートと登山道は同じなんですが、南側と北側だけが違いました。
こんどこそ、いつか完歩したいと思っていますよ~

急な坂道で登るのが滑って困りました。これぐらいの勾配は登山道ではよくあるのですが、歩きやすいような足場があったりしますが、何もないので登りにくかったです・・・
しかし、古代の山城跡だといいますが、メチャ広いですよ。当時の日本の国力を上げて建設されたんだと思います。


2012/05/10(木) 07:47:25 | URL | ワル猫です #qbIq4rIg[ 編集]
ポメポメチョコさんへ
もちろん地元だからご存知ですよね~
でも、実際防塁跡をぐるりと回るなんて、あまりやらないでしょうね~
登山ではないので、軽い気分で回れるはずです、道さえ間違えなければ・・・(^_^;)

そうですか、大野城については、次回少し詳しくご紹介しますので、それで学習してくださいね。それを見られたらきっと登ってみたいと思われるはずですよ~

2012/05/10(木) 07:54:40 | URL | ワル猫です #qbIq4rIg[ 編集]
近くにも遠い歴史があるもんなのですね
このブログの記事で気になったのが
「大野城は日本最古の朝鮮式山城」という、くだり。
ということは、
日本の天皇さんの軍隊は朝鮮式
の築城技術を身に着けていたということ。
つまりは
朝鮮半島からやって来た渡来人の集団ということ。
短絡すると、
日本の天皇のルーツは朝鮮からの渡来人
ということ。
なんとなく、
「やっぱりそうか!?」
という感じです。
こんな歴史に触れられる
九州って、良いですね!!
2012/05/10(木) 14:44:19 | URL | southfellow #pT6py8Ww[ 編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2012/05/10(木) 20:21:45 | | #[ 編集]
southfellowさんへ
するどいところに突っ込まれますね~
確かにそんな説も聞きます。
しかし、そもそも日本人のルーツ自体、
南方系、大陸系、北方系のミックスと言われていますよね。でも、当時はもちろん国家の概念等なく、住みやすい場所に移住するということだったのでしょう。
地形も今とは違って陸続きの部分も多くあったようですし・・・

朝鮮式の築城技術は、百済を逃れて日本に亡命した技術者達だと思います。当時の日本より高度な文明があったのでしょうか・・・
中国では三国志の時代ですから、そうだったのでしょうね。

九州は歴史発祥の地ですよ~

2012/05/11(金) 06:33:12 | URL | ワル猫です #qbIq4rIg[ 編集]
カギコメさんへ
はい、概ね↑の方のコメントへのお返事で代用させてください~(^_^;)

2012/05/11(金) 06:34:12 | URL | ワル猫です #qbIq4rIg[ 編集]
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